ここでは学生時の世界旅行直後に報告した記録の一部を抜粋します。
記載内容は当時の情報ですのでご注意ください。
2-1旅行期間
2001年5月11日~12月2日 7ヶ月(205日間)
2-2訪問国及び訪問都市
1,スペイン(マドリッド、トレド、セビーリャ、アルヘシラス、セウタ、バルセロナ)
2,モロッコ(タンジェ、フェズ、シャウエン)
3,ポルトガル(リスボン、シントラ、ロカ岬)
4,フランス(アヴィニョン、アルル、パリ、ヴェルサイユ)
5,スイス(ジュネーブ、ツェルマット、インターラーケン、ヤングフラウヨッホ、ベルン)
6,ベルギー(ブリュッセル、ブルージュ、アントワープ)
7,ルクセンブルク(ルクセンブルク)
8,オランダ(アムステルダム、ザーンセ・スカンス、アイン・ホーベン、ヘルトゲンボッホ)
9,ドイツ(ケルン、コブレンツ、バッハラッハ、フランクフルト、ハイデルベルク、
ローテンブルク、ヴェルツブルク、ミュンヘン、フゥッセン、ベルリン、ポツダム)
10,オーストリア(インスブルック、ザルツブルク、シャウブルク山、ウィーン)
11,デンマーク(コペンハーゲン、ロスキレ)
12,ノルウェー(オスロ、フロム、ヴィオス、ベルゲン、ナルビック、アルタ、ノールカップ、ホニングスバーグ)
13,スウェーデン(ストックホルム)
14,フィンランド(ヘルシンキ)
15,エストニア(タリン、タルツゥ)
16,ロシア(サンクト・ペテルブルク、モスクワ)
17,ラトビア(リガ)
18,リトアニア(ビィルニィス)
19,ポーランド(ワルシャワ、クラクフ、アウシュビッツ)
20、チェコ(プラハ、チェスキーフルムロフ)
21,スロベニア(リャブリャナ)
22,クロアチア(ザグレブ)
23,ハンガリー(ブタペスト)
24,ルーマニア(ブカレスト)
25,ブルガリア(ソフィア)
26,ギリシャ(アテネ、ピリウス、ロードス島)
27,トルコ(マリマルス、セルチュク、エフェス遺跡、パムッカレ、デニズリ、
ギョレメ、カッパドキア、イスタンブール)
28,エジプト(カイロ、ギザ、ルクソール、アスワン、アブ・シンベル)
29,シンガポール(シンガポール)
30,マレーシア(クアラルンプール)
31,タイ(バンコク、チェンマイ、ノンカイ、チェンライ、チェンセン)
32,ラオス(ヴィエンチャン、ワンエン、ルアンバーバン、パクベン、フェンサイ)
33,ミャンマー(タチレク)
34,カンボジア(シェムリアプ、アンコールワット遺跡群、プノンペン)
35,ベトナム(ホーチミン、ニャチャン、ホイアン、フエ、ハノイ、ラオカイ)
36,中国(河口、昆明、大理、麗江、北京、承徳、天津新港)
37,韓国(仁川、ソウル、釜山)
★日本、(下関、宮島、広島、京都、大阪、名古屋)
※番号は訪問国順 合計37カ国・120都市
2-3会計報告
①支出(メイン分)
航 空 券 代(半年オープン) ¥162,000
(成田→シンガポール→マドリッド・カイロ→シンガポール→成田)
※シンガポール→成田はキャンセル
ユーレイルパスユース(2ヶ月分) ¥111,200
保険代 (半年分+3週間) ¥ 49,590
現像代(31本) ¥ 40,000
旅費(移動、宿泊、ビザ、食費等全て含む) ¥783,750
合計1,146,540円
②参考欄
滞在地域 | 滞在日数 | 滞在費 | 一日平均値 |
ヨーロッパ | 133日 | 562,164円 | 4,227円 |
アジア | 67日 | 184,811円 | 2,758円 |
日 本 | 5日 | 36,775円 | 7,355円 |
合 計 | 205日 | 783,750円 | 3,823円 |
※ヨーロッパ地域は、モロッコ、トルコ、エジプトを含む。
感想
本旅行の目標として、多くの国を周り多種多様な人々の生活、文化、習慣を見るということがあった。今までのように、一カ国のみの場合その国と日本とを比較することはできるが、グローバルな視野で考察することは難しい。それ故、今回長期間用意して様々な国を回り、あらゆる角度から色々な事を経験したり考えてみたかった。結果としては予想以上に濃い内容となったこともあり、非常に得るものが多く収穫があった。具体的に何を学んだのかを一言で語るのは難しいが、例えば、文化、習慣、国民性の違い、人種についてのそれや、世界諸情勢、外から見た日本についてなどが挙げられる。また旅行において頭ではなく、言うならば体で学んだ面も多いように思う。
旅行中一番難儀することに、食文化の違いがある。酷い人では、滞在国の食事が体に合わず食べられなかったり、下痢になったりしてろくに観光できない人も多いようである。この点私は全く苦労することがなかったのは幸いだった。また、貧しい地域に行った際、トイレその他における不衛生な場所に抵抗を感じる人も多いようだ。これについて一言述べたいことは、海外に行くのだから、その国や地域の事についてある程度了承しておくことが大切だということである。今大半の旅行者は、日本にいるそのままの感覚で海外に行き、日本と同じ環境を求めてしまう人が多い。しかし、これは間違えだと思う。何を求めて海外に行くのかを再確認して欲しい。日本ほど平和で不自由なく暮らせる国は他にないのだ。だから、もう少しその国について学んでいけばより充実した楽しい旅行が出来るのではないか。
今回の長期旅行は、広範囲を周遊することができたこと、また短期間では得られにくい人々の生活スタイルや習慣、文化の違いを垣間見ることができた。そして、それをより身近な存在で体験できるように、私は「現地の人とできるだけ触れ合う」ということを意識していた。その結果、現地の人を初め、旅行者など多くの人と仲良くなることができた。そんな人たちと一緒に行動したり、時にはホームステイさせてもらうなど、普段体験できないことを体験する機会を得た。特に前半においては、旅行目的を達成すべく常にそれを意識することに努めた。しかし、一方でこの目的がある程度達成されたとき、今までの緊張が一気にほぐれ、どっと疲れを覚えたのを記憶している。何でもそうであると思うが、物事を遂行するに当たり、「目的」といういわゆる目標があって初めてそれを成せるのであって、それがなければ何のためにやっているのかも分からず、支離滅裂になってしまうと思う。これに近い状況がある程度目的を達成した自分にのし掛かってきて、精神的にも肉体的にも非常に疲労を感じた。これは、ちょうどヨーロッパ地域をほぼ周遊し終わった時点で起こった。言い換えれば、目的が達成されてしまった時点から、ある種の情緒不安定的な面を引きずることになることを意味する。
帰国後改めて思うことは、今回のように長期の旅行であるが故に多くのことを得られたということも多分にあった。しかし、逆にその分危険度や慣れない国の生活からの旅行ストレス、また出費もかさむ訳である。旅行の期間というのは、長ければよいわけでもないし、短すぎても良くないと思う。人によっても違うし、各自の旅行目的によっても違うであろうが、今回の私のような目的で行く場合の有効な旅行期間は、おそらく半年くらいが限度であるように思う。その理由は繰り返し同じ事を言うことになるが、長期間旅行していて自分は慣れているから大丈夫だという過信による事件、事故に巻き込まれる危険性の増加、そして旅行目的が失われたときの反動による旅行ストレスの発生などが大きな理由である。だから、このように考えると、今回の旅行はまさに限界ぎりぎりの期間で終えたことになり、良いことも悪いことも最大限吸収できたのではないだろうかと思っている。
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